Mです。
昨日は、S先生のご紹介で、若いS君にお会いしました。
創造目的学会にとても関心を持ってくださり、
若者として創造目的学会に期待することは何かを話してくれました。
若者としては、
統一原理を知らない場合と比べて
統一原理を知っていることで
どのようなよいことがあるのか、
例えば何かを解決できるとか、何かに打ち勝つことが出来るとか、
生活の中で統一原理のよさを感じたい、
というようなことを言っていました。
私は彼らを守りたいという思いがありますから、
これからの創造目的学会の活動に彼らの声を反映させていくことは
とても重要だと感じ、いいアドバイスを得ることが出来たと思いました。
一方において、この世は間違っているということも話しました。
今の世の中はすべてが反対になっています。
それでこの世を変えていかなければならないということも話しました。
若者たちが、この世に負けず、この世を変革していくための、
支えにもなっていきたいと思います。
2012年03月11日
2012年03月06日
Re:Re:唯物論では説明できないもの
創造性ということを言っていましたら、
Sさんから送っていただいたもう一つの資料である
S先生の発表資料は
「統一医学の定立とその展開
〜脳科学の観点からみた「創造性」について」
でした。
読んでいて思ったことは、
創造性は脳内における情報の伝達作用では説明できないだろう
ということでした。
ラジオにしてもコンピュータにしても情報の伝達はなされますが、
それで意識が生まれるということはありません。
物質の中を流れる情報波は100%それを送受信する物質に起因しており、
100%解析可能です。
ですから創造性という解析不可能な要素が入る余地はないと思います。
むしろ、創造性とか自我意識とか、そして価値の認識といったものは、
神と人間との父子の関係に起因するものだとしか言えないのでは
ないだろうかと思いました。
またそれをエネルギーと呼ぶならば、そのエネルギーは明らかに
物質に起因するエネルギーではないと言えると思いました。
Sさんから送っていただいたもう一つの資料である
S先生の発表資料は
「統一医学の定立とその展開
〜脳科学の観点からみた「創造性」について」
でした。
読んでいて思ったことは、
創造性は脳内における情報の伝達作用では説明できないだろう
ということでした。
ラジオにしてもコンピュータにしても情報の伝達はなされますが、
それで意識が生まれるということはありません。
物質の中を流れる情報波は100%それを送受信する物質に起因しており、
100%解析可能です。
ですから創造性という解析不可能な要素が入る余地はないと思います。
むしろ、創造性とか自我意識とか、そして価値の認識といったものは、
神と人間との父子の関係に起因するものだとしか言えないのでは
ないだろうかと思いました。
またそれをエネルギーと呼ぶならば、そのエネルギーは明らかに
物質に起因するエネルギーではないと言えると思いました。
2012年02月28日
Re:Re:唯物論では説明できないもの
Mです。
> 私は唯物論では説明できないものとして価値生活を人間がする
> ということをあげます。もし移り変わるだけの物質であるなら
> 価値を追求する必要があるでしょうか?
人間の営みはまさに価値の追求であり、創造性ですね。
確かに価値生活は動物にはないですね。
唯物論で動物が道具を使用するようになったのはなぜか
という問題に対して、この価値という説明が出来ないがゆえに、
振り回していたらたまたまうまく食べ物が取れた、
などという説明をしますが、
これはうそですね。
動物たちが道具を使う場合はもとから本能として
備えられていた能力であるし、
人間が道具の使い方を発展させられるのは
価値を意識することが出来るからに他なりません。
サルが道具を使うようになって人間になったという説明は
完全に間違っていますね。
> 私は唯物論では説明できないものとして価値生活を人間がする
> ということをあげます。もし移り変わるだけの物質であるなら
> 価値を追求する必要があるでしょうか?
人間の営みはまさに価値の追求であり、創造性ですね。
確かに価値生活は動物にはないですね。
唯物論で動物が道具を使用するようになったのはなぜか
という問題に対して、この価値という説明が出来ないがゆえに、
振り回していたらたまたまうまく食べ物が取れた、
などという説明をしますが、
これはうそですね。
動物たちが道具を使う場合はもとから本能として
備えられていた能力であるし、
人間が道具の使い方を発展させられるのは
価値を意識することが出来るからに他なりません。
サルが道具を使うようになって人間になったという説明は
完全に間違っていますね。
2012年01月31日
Re:唯物論では説明できないもの
Iです。
私は唯物論では説明できないものとして、価値生活を人間がするということをあげます。
もし移り変わるだけの物質であるなら価値を追求する必要があるでしょうか?
統一思想要綱には
「生心の機能は真善美と愛の生活、すなわち価値生活を追求する。ここで愛は、生命の源泉であると同時に真善美の基盤である。したがって、愛を中心とした真善美の生活が価値の生活である。
人間の価値生活には自分自身が価値を追求して喜ぶという面もあるが、価値を実現して他人を喜ばせるというのがより本質的な面である。
したがって価値生活とは『ために生きる』愛の生活、すなわち家庭のため、民族のため、国家のため、人類のために生きる愛の生活なのである。
そして究極的には神のために生きるということである。」
とあります。
私は唯物論では説明できないものとして、価値生活を人間がするということをあげます。
もし移り変わるだけの物質であるなら価値を追求する必要があるでしょうか?
統一思想要綱には
「生心の機能は真善美と愛の生活、すなわち価値生活を追求する。ここで愛は、生命の源泉であると同時に真善美の基盤である。したがって、愛を中心とした真善美の生活が価値の生活である。
人間の価値生活には自分自身が価値を追求して喜ぶという面もあるが、価値を実現して他人を喜ばせるというのがより本質的な面である。
したがって価値生活とは『ために生きる』愛の生活、すなわち家庭のため、民族のため、国家のため、人類のために生きる愛の生活なのである。
そして究極的には神のために生きるということである。」
とあります。
2011年12月05日
唯物論では説明できないもの
たとえば、先日ご紹介しました利他的行動などは、
ヒトの利他行動の研究
唯物的な説明では説明するのが困難だと思われます。
また、自我意識も、実は唯物論では説明できないものであると思います。
これ以外にもいろいろあると思われますが、いかがでしょうか。
ヒトの利他行動の研究
唯物的な説明では説明するのが困難だと思われます。
また、自我意識も、実は唯物論では説明できないものであると思います。
これ以外にもいろいろあると思われますが、いかがでしょうか。
2011年10月04日
Re:Re:Re:Re:曼荼羅についてのお尋ね
> 空海が説いた即身成仏のプログラムとは何であったのか?
> 空海はわが国に何を残したのか?
> この2つが私の空海密教への二大疑問です。
> 過去、密教の修法者は押し寄せる国難を大元帥明王の秘法で切り抜けたと伝え聞きます。
> 第四の国難を迎える今、私達に何ができるのか、ご一緒に考えて行きたいと思います。
これは実に興味深いですね。
空海は摂理的な人物だと思います。
それは空海が長安を訪れた805年の前20年、後20年の計40年間だけ、長安の町に景教碑が立っていたということからもわかります。
そして空海の即身成仏義に秘められた真理は統一原理を彷彿とさせるものであるがゆえに、まさに、空海は洗礼ヨハネ的な人物であったと言えますよね。
国難を乗り越えるにはメシヤが必要であるわけですから、
この研究は実に重要ですね。
> 空海はわが国に何を残したのか?
> この2つが私の空海密教への二大疑問です。
> 過去、密教の修法者は押し寄せる国難を大元帥明王の秘法で切り抜けたと伝え聞きます。
> 第四の国難を迎える今、私達に何ができるのか、ご一緒に考えて行きたいと思います。
これは実に興味深いですね。
空海は摂理的な人物だと思います。
それは空海が長安を訪れた805年の前20年、後20年の計40年間だけ、長安の町に景教碑が立っていたということからもわかります。
そして空海の即身成仏義に秘められた真理は統一原理を彷彿とさせるものであるがゆえに、まさに、空海は洗礼ヨハネ的な人物であったと言えますよね。
国難を乗り越えるにはメシヤが必要であるわけですから、
この研究は実に重要ですね。
ラベル:景教碑
2011年08月06日
Re:Re:Re:曼荼羅についてのお尋ね
SK様
)空海の法灯は、中興の祖、覚鑁に至り、浄土思想が
)空海密教に取り入れられました。ここで、空海密教は
)長成期に至ったと思っております。
)覚鑁は、真言宗智山派、豊山派の開祖ですね。
先生のお考えでは古義真言宗は本流から外れたということですね。
また、お尋ねしたいと思います。
M様
)しかし、私が思いますには、この曼荼羅における主体・対象は、
)絶対者との関係における人間・世界の主体性・対象性です。
)なので、本来、男性・女性で分けるものでもない感じがします。
男性・女性ではなく、主体・対象という視点で捉えるべきだということですね。
)身口意はそれぞれ、体、み言、心を表していますので、
)神様(のみ言)を中心として心と体を一体化させ個性的四位基台を
)完成させるというように原理的に解明することが出来ると思います。
この部分「身:印」、「口:真言」については、もうしばらく自己究明してみたいと思います。
I様
)胎臓は子宮の中で育てられるイメージなので女性的印象があり、
)金剛は真理によって人間が努力して悟っていくイメージなので男性的
)とも例えれると言うようなことだと思います。この例え方は俗的で
)本来的でないという批判をする仏教学者もいます。
易学では円を天、方を地と解釈します。明らかに胎蔵は円、金剛は方なので、俗的で本来的ではないとする仏教学者の意見に興味が沸きます。
)印と言うのは一種の象徴であり、それを手で形をつくってイメ
)ージしやすくする。チャクラというのは精神と肉体の関わりを
)解いているもののようなので印にはそれぞれの意味があり、そ
)れに対応する精神的なもの肉体的なものはあるとは考えられ、
)密教では実際にそのような研究もしていますね。
空海が説いた即身成仏のプログラムとは何であったのか?
空海はわが国に何を残したのか?
この2つが私の空海密教への二大疑問です。
過去、密教の修法者は押し寄せる国難を大元帥明王の秘法で切り抜けたと伝え聞きます。
第四の国難を迎える今、私達に何ができるのか、ご一緒に考えて行きたいと思います。
)空海の法灯は、中興の祖、覚鑁に至り、浄土思想が
)空海密教に取り入れられました。ここで、空海密教は
)長成期に至ったと思っております。
)覚鑁は、真言宗智山派、豊山派の開祖ですね。
先生のお考えでは古義真言宗は本流から外れたということですね。
また、お尋ねしたいと思います。
M様
)しかし、私が思いますには、この曼荼羅における主体・対象は、
)絶対者との関係における人間・世界の主体性・対象性です。
)なので、本来、男性・女性で分けるものでもない感じがします。
男性・女性ではなく、主体・対象という視点で捉えるべきだということですね。
)身口意はそれぞれ、体、み言、心を表していますので、
)神様(のみ言)を中心として心と体を一体化させ個性的四位基台を
)完成させるというように原理的に解明することが出来ると思います。
この部分「身:印」、「口:真言」については、もうしばらく自己究明してみたいと思います。
I様
)胎臓は子宮の中で育てられるイメージなので女性的印象があり、
)金剛は真理によって人間が努力して悟っていくイメージなので男性的
)とも例えれると言うようなことだと思います。この例え方は俗的で
)本来的でないという批判をする仏教学者もいます。
易学では円を天、方を地と解釈します。明らかに胎蔵は円、金剛は方なので、俗的で本来的ではないとする仏教学者の意見に興味が沸きます。
)印と言うのは一種の象徴であり、それを手で形をつくってイメ
)ージしやすくする。チャクラというのは精神と肉体の関わりを
)解いているもののようなので印にはそれぞれの意味があり、そ
)れに対応する精神的なもの肉体的なものはあるとは考えられ、
)密教では実際にそのような研究もしていますね。
空海が説いた即身成仏のプログラムとは何であったのか?
空海はわが国に何を残したのか?
この2つが私の空海密教への二大疑問です。
過去、密教の修法者は押し寄せる国難を大元帥明王の秘法で切り抜けたと伝え聞きます。
第四の国難を迎える今、私達に何ができるのか、ご一緒に考えて行きたいと思います。
2011年06月11日
Re:Re:曼荼羅についてのお尋ね 2
> A密教の修法では、身口意の三密に即身成仏の最大の秘儀
> があると説いているがこれは果たしてモデル化(一般化
> が可能なものなのか?
> また、どういったメカニズムになっているのか?
要するに、
行動と言葉と心を正すことにより神様と出会うということで、
密教の修行の基本がありますが、普通の生活の中で熟練者はこれと同じことが可能と言われております。
> B上記に関連するが、「印(ムドラー)」と「チャクラ」の
> 関連については?
印と言うのは一種の象徴であり、それを手で形をつくってイメージしやすくする。チャクラというのは精神と肉体の関わりを解いているもののようなので印にはそれぞれの意味があり、それに対応する精神的なもの、肉体的なものがあると考えられ、
密教では実際にそのような研究もしていますね。
> があると説いているがこれは果たしてモデル化(一般化
> が可能なものなのか?
> また、どういったメカニズムになっているのか?
要するに、
行動と言葉と心を正すことにより神様と出会うということで、
密教の修行の基本がありますが、普通の生活の中で熟練者はこれと同じことが可能と言われております。
> B上記に関連するが、「印(ムドラー)」と「チャクラ」の
> 関連については?
印と言うのは一種の象徴であり、それを手で形をつくってイメージしやすくする。チャクラというのは精神と肉体の関わりを解いているもののようなので印にはそれぞれの意味があり、それに対応する精神的なもの、肉体的なものがあると考えられ、
密教では実際にそのような研究もしていますね。
2011年04月12日
Re:Re:曼荼羅についてのお尋ね
Iです。
私がある程度、研究した範囲で答えてみました。
> @密教では胎蔵界曼荼羅を女性、金剛界曼荼羅を男性と説
> いているがこれは逆なのでは?
これについては何回かここで意見が交わされています。
神を中心としてみれば胎臓のほうが主体で、
金剛は人間中心の努力が書かれているので対象とも言えるのですが、
胎臓は子宮の中で育てられるイメージなので女性的印象があり、
金剛は真理によって人間が努力して悟っていくイメージなので男性的とも例えれると言うようなことだと思います。
この例え方は俗的で本来的でないという批判をする仏教学者もいます。
私がある程度、研究した範囲で答えてみました。
> @密教では胎蔵界曼荼羅を女性、金剛界曼荼羅を男性と説
> いているがこれは逆なのでは?
これについては何回かここで意見が交わされています。
神を中心としてみれば胎臓のほうが主体で、
金剛は人間中心の努力が書かれているので対象とも言えるのですが、
胎臓は子宮の中で育てられるイメージなので女性的印象があり、
金剛は真理によって人間が努力して悟っていくイメージなので男性的とも例えれると言うようなことだと思います。
この例え方は俗的で本来的でないという批判をする仏教学者もいます。
2011年03月17日
Re:曼荼羅についてのお尋ね
> Mさん、Iさん、創造目的学会の皆さんこんにちは。
> 豊島区の方のSMです。
> 貧乏暇なしで、皆さんの投稿を読むだけの日々が続いております(もうしばらく、この状態が続きそうです。お許し下さいませ)。
お久しぶりです。お仕事のほう、頑張っていらっしゃいますね。
それでもいつも読んでくださっているとのこと、心から感謝いたします。
> さて、最近ふとしたことで空海に関心が及び、色々書物を尋ねています。2・3疑問が起きましたので、皆さんにお尋ねしたくこのように投稿しています。
> @密教では胎蔵界曼荼羅を女性、金剛界曼荼羅を男性と
> 説いているがこれは逆なのでは?
対象性と主体性からそのように説かれているのだと思います。
胎蔵界には対象的性格があり、金剛界には主体的性格があります。
しかし、私が思いますには、この曼荼羅における主体・対象は、
絶対者との関係における人間・世界の主体性・対象性です。
なので、本来、男性・女性で分けるものでもない感じがします。
> A密教の修法では、身口意の三密に即身成仏の最大の秘儀
> があると説いているがこれは果たしてモデル化(一般化)
> が可能なものなのか?
> また、どういったメカニズムになっているのか?
身口意の奥義は、悟りの境地・完成に至るために、
修行者の身口意と絶対者の身口意を一致させるところにあります。
身口意はそれぞれ、体、み言、心を表していますので、
神様(のみ言)を中心として心と体を一体化させ個性的四位基台を完成させる
というように原理的に解明することが出来ると思います。
> B上記に関連するが、「印(ムドラー)」と「チャクラ」の
> 関連については?
> C桂昌院が宗覚に書かせた「元禄両界曼荼羅」の画像から伝
> わる霊的雰囲気は随分ステージが低いと感じる。他の機会
> で見た別のものは、例えば大日如来では威厳、慈悲、神聖
> において隔絶の感があった。空海以後、密教の大成者が
> 現れていないようだが、関係があるのでは?
この2点については私はよく知りません。
以上、ご参考になれば幸いです。
> 豊島区の方のSMです。
> 貧乏暇なしで、皆さんの投稿を読むだけの日々が続いております(もうしばらく、この状態が続きそうです。お許し下さいませ)。
お久しぶりです。お仕事のほう、頑張っていらっしゃいますね。
それでもいつも読んでくださっているとのこと、心から感謝いたします。
> さて、最近ふとしたことで空海に関心が及び、色々書物を尋ねています。2・3疑問が起きましたので、皆さんにお尋ねしたくこのように投稿しています。
> @密教では胎蔵界曼荼羅を女性、金剛界曼荼羅を男性と
> 説いているがこれは逆なのでは?
対象性と主体性からそのように説かれているのだと思います。
胎蔵界には対象的性格があり、金剛界には主体的性格があります。
しかし、私が思いますには、この曼荼羅における主体・対象は、
絶対者との関係における人間・世界の主体性・対象性です。
なので、本来、男性・女性で分けるものでもない感じがします。
> A密教の修法では、身口意の三密に即身成仏の最大の秘儀
> があると説いているがこれは果たしてモデル化(一般化)
> が可能なものなのか?
> また、どういったメカニズムになっているのか?
身口意の奥義は、悟りの境地・完成に至るために、
修行者の身口意と絶対者の身口意を一致させるところにあります。
身口意はそれぞれ、体、み言、心を表していますので、
神様(のみ言)を中心として心と体を一体化させ個性的四位基台を完成させる
というように原理的に解明することが出来ると思います。
> B上記に関連するが、「印(ムドラー)」と「チャクラ」の
> 関連については?
> C桂昌院が宗覚に書かせた「元禄両界曼荼羅」の画像から伝
> わる霊的雰囲気は随分ステージが低いと感じる。他の機会
> で見た別のものは、例えば大日如来では威厳、慈悲、神聖
> において隔絶の感があった。空海以後、密教の大成者が
> 現れていないようだが、関係があるのでは?
この2点については私はよく知りません。
以上、ご参考になれば幸いです。
ラベル:曼荼羅

