2008年01月23日

堕天使と思われる存在「星神」

また、堕天使と思われる存在を星神として記している、という内容もありました。

引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

星神は「邪しき鬼神」

 『日本書紀』の神代下・第九段の第二の一書の中に「天津甕星」という神名が出てくる。またの名を「天香香背男」という。

 甕のミカはミイカの約で、ミは祇(←霊)の義、イカは厳の義である。
 いっぽう、カカセの力力は迦兵土やカグヤ姫のカグと同源の「輝く」の義である。

 すなわち、天津甕星も天香香背男も「天上でいかめしく輝いている星の神」という意味になる。

 当然、その名から判断すれば、〈神威ある天つ神>ということになる。

 ところが、実際には「天に邪しき神有り。名を天津甕星と日ふ。亦の名は天香香背男」と記されているのである。

 また、同じく『日本書紀』神代下・第九段の第一の一書の「注」には「其の不服はぬ者は、唯星の神香香背男のみ」と出てくる。

 すなわち、天津甕星=香香背男は、その名に反して「邪しき鬼神」としてしか扱われていないのである。


もう一つの天神の系譜

 実際、この星神は、天孫降臨の先発隊として天下った神々の中の倭文神建葉槌命(鹿島神宮の摂社の祭神)によって討ち取られている。

ちなみに、ホシ(星)のホは「秀」の義である。

 そのことを考えると、天津甕星=星神香香背男はいわゆる「天つ神」とは別系統の、もう一つの先住系の「天つ神」=「天の神」であったといえるだろう。

 しかし、記紀神話においては星神たちは埋没している。
 それというのも、星神として明確に登場してくるのは、この天津甕星=香香背男だけなのである。


「神道のすべて」より
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31391867
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





ラベル:星神 天津甕星
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2008年01月21日

天つ神と国つ神

神道の神には天つ神と国つ神という系統があるので、その内容について「神道のすべて」から引用します。
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31391867


ここでは、アマ(天)は女性を意味するように書いてあります。

引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「天・海・雨・女性……等々」のアマの言言をもつ《アマ》の言性を備えた神として考えたら、どうであろうか。

まさに、イサナギが禊祓(みそぎばらい)をされた場所、すなわちアマテラス・スサノヲ・ツクヨミの三貴子が誕生された場所というのは、天(空)と海と川とが入り交じり、ところどころに葦や真菰が生えている、生態系にとっては非常に大切な汽水域の場所であったことがわかる。

ここでは、空気や水が浄化され、生命が満ちあふれているのである。

いっぽう、国つ神は、土地のミタマ(霊魂)=クニタマ(国魂)をたくさん付着させた神と考えることができる。

こうした国つ神たちはしばしば「荒ぶる神」として描かれることも多いが、このアラには「新た」「生ます」などの義がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ただし、造化三神のタカミムスヒに関しては天の父、カミムスヒに関しては地の母とされているので、後で別に引用したいと思います。



ラベル:造化三神
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2008年01月20日

Re:日本の天地、陰陽の捉え方

神道の天地の捉え方については次にあげますが、特に聖書の象徴的な陽性と陰性の考え方を知っているとかなり違和感があります。

神道や日本民族の特性は、多様な価値観を受け入れやすい女性的な面は万民救済の観点からすれば良いところもありますが、ややもすれば価値観を相対化してしまってサタン側の相対にも立ちえる内容や絶対的存在を信じれないという立場にも立ちやすいという内容があると思います。

神道の問題をどう捉えるかは日本にとっては国際問題と関係する内容ですから、良い面も悪い面も両面重要だと思います。



ラベル:易経 陰陽
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2008年01月19日

日本の天地、陰陽の捉え方

日本の天地、陰陽の捉え方には、例えば、天のほうを女性として捉えるような見方もあります。

これは、易学でも同様で、気をつけないといけない部分だと思います。

本来、天は男を象徴します。東洋思想はそうなっています。
キリスト教でも天を父と呼びます。

すなわち、絶対者は男性格です。

ところが、これを女性として捉えているということは、絶対者ではないものを信じているということになってしまうかもしれません。


「神道のすべて 日本文芸社 神の語源」などもあるので参考になるものはあげていきたいと思います。



ラベル:易経 陰陽
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2008年01月18日

宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)とは

「神世七代」が天地創造にあたり、
「造化三神」が絶対者なる神様にあたるとすると、
注目すべきは、別天つ神の残りの二神、
「宇摩志阿斯訶備比古遅神」と「天之常立神」です。

このうち、「天之常立神」は「國之常立神」とあきらかに相対的関係をなしておりますので、
「國之常立神」が地上世界の根本を指しているのであれば、
「天之常立神」は天上世界の根本を指していると推測されます。

すると、残るは、
「宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)」
です。

絶対者よりあとに出てきて、天地創造よりも先に出てくるこの神様は、
天使を指しているのではないか?と思われます。

それで、もう少し調べてみますと、
「宇摩志阿斬訶備比古遅神」は
日本書紀では、
「可美葦牙彦舅尊(うましあしかびひこぢのみこと)」と記されており、
その名前の意味は、美しい父や舅のような男神という意味だそうです。

神々の宴ー宇摩志阿斬訶備比古遅神
http://www.loops.jp/~asukaclub/kami/kami_004.html
上巻
http://www.ookuninushiden.com/newpage2.html


また、日本書紀第三の一書には、
「天地混れ成る時に、始めて神人有す。可美葦牙彦舅尊と号す。」
とあって、この神人の意味として、
「神と人、あるいは神のような霊力をもつ人などの意があるが、ここは人のような(人間的な)神の意であろう。」
(岩波文庫 日本書紀(一)p18,p19)
とあります。

天地が創造される前に存在していた人のような神といえば、
天使しかないのではないでしょうか?

また、独神であるにもかかわらず、ヒコという男性を現す言葉が使われている、
というところが一般的には非常に注目されているようですが、
天使が男性であったことを考えると、とても頷けるところです。



posted by pocs at 06:40| Comment(0) | 神様と天使と人間の関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月04日

造化三神の統一原理的解釈

●天之御中主神=天の真中の主の神
・・・太極あるいは太極よりもさらに根源である神の心情
⇒宇宙の中心に鎮座されて、宇宙の全体をうしはぐ、つまり統括している神

●高御産霊神=健く、高く進みゆく皇産霊の神
・・本陽性
⇒これは宇宙の中心に存在する天之御中主神から、宇宙の外面に向かって遠く離れ、健く高く進んで膨張する神徳がある

●神産霊神=噛みしめる皇産霊神
・・本陰性
⇒宇宙の外面から、宇宙の中心に存在する天之御中主神を求めて、噛み締まり収縮し来る神徳がある神


天之御中主神の属性としてあるのが高御産霊神(本陽性)と神産霊神(本陰性)であり、
天之御中主神は神の心情のような根本属性的存在で、高御産霊神(本陽性)と神産霊神(本陰性)の陽陰の中和体である太極を意味する、

というのがここでの解釈と統一原理的には見れますね。



posted by pocs at 07:02| Comment(0) | 神様と天使と人間の関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

Re:Re:高御産巣日神(別名高木神) 造化三神と易における太極、陽、陰との対応(2)

「だが、それに対して、復古神道を大成した平田篤胤などは異論を唱えている。

そもそも天地の初発は、虚空の真ん中に上皇太一神(すなわち天之御中主神)が存在し、その神徳が自然と表出されて、陰陽混沌とした一物を化出したと説く。

これこそ天地未分の太極であるという。つまり平田篤胤にいわせるならば、通常、易などで根源とされる太極よりもさらにその奥に、それを生じさせた天之御中主神が存在することになる。

またこの天之御中主神から、高御産霊神、神産霊神が成りいで、そしてその働きによって森羅万象は産霊いだされ、その神徳によって天陽、地陰の道は生まれたとするのである。

つまり天之御中主神は、陽と陰の異なる二つの存在の元神となり、まったく異なる作用をなすものでありながら、銅貨の表裏のごとく不可分の関係のもの、対立しながら互いに補っている二つの気−陰と陽−を化出した存在であると説くのだ。」


(「学研 歴史群像シリーズ67 古事記」
「易経で見る古事記」(大宮史朗)より抜粋)
http://store.shopping.yahoo.co.jp/boox/bk-4056028915.html



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2007年12月31日

Re:Re:高御産巣日神(別名高木神) 造化三神と易における太極、陽、陰との対応

先日ご紹介した
http://pocs.seesaa.net/archives/20071030-1.html

「学研 歴史群像シリーズ67 古事記」
http://store.shopping.yahoo.co.jp/boox/bk-4056028915.html

に、興味深い記述があります。

これを読むと、まさに、創造原理の神の二性性相の話のところに当てはまります。

また、この記述の最後には
「そこには、宇宙の創造原理から人間の生き方まで一切が記されており」
と書かれているのは、注目に値すると思います。

以下、最後までではないですが、途中の二性性相の話の部分を抜粋いたします。


「易経で見る古事記」(大宮史朗)


「ちなみに『古事記」の冒頭に出現する神は、天之御中主神、高御産霊神、神産霊神、すなわちいわゆる造化三神といわれる神であるが、これらの神は、易における太極、陽、陰と対応するということは江戸以前からいわれていたようである。

天之御中主神という神はその名前の通り、天の真中の主の神ということで、この宇宙の中心に鎮座されて、宇宙の全体をうしはぐ、つまり統括している神とされる。

高御産霊神というのは、健く、高く進みゆく皇産霊の神という意味で、これは宇宙の中心に存在する天之御中主神から、宇宙の外面に向かって遠く離れ、健く高く進んで膨張する神徳がある神とされる。

神産霊神というのは噛みしめる皇産霊神という意味で、宇宙の外面から、宇宙の中心に存在する天之御中主神を求めて、噛み締まり収縮し来る神徳がある神とされる。

神道においては、この天地の間の一切のものは造化三神の中心、遠心、求心の三徳の作用によって、生成化育して尽きることがないと考える。

易においては、一切を生み出す本源を太極とする。太極とはつまり、宇宙の核となるところである。ものの根本をなすものであり、この核がなければなにものも存在しえない。

宇宙の森羅万象はこの太極より発生する。太陽も月も星も、植物も動物も、山も海も一切はこの太極から生じてくるとする。

もっとも、太極から直接的に一切が生じるわけではない。太極からは、「陰」(マイナス、消極性)と「陽」(プラス、積極性)、両極二つの気が発現する。陰のあるところには必ず陽があり、陽のあるところには必ず陰がある。それは万物を貫く原理であり、生と死の源泉である。

陰の気と、陽の気とが交わることによって、ありとあらゆるものが誕生し発生し成長していく。すなわち易においては、陰と陽は一切を産み出す気とされるのである。

このように比較してみると、確かに、神道でいう造化三神と、易でいう太極、陰、陽は、表現はいささか異なるにしろ、似通った特質を見ることができる。

そのため、易を研究する人の中には、太極と神道における天之御中主神とは同じものであると主張する人もいたらしい。」

(続く)



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2007年12月30日

Re:高御産巣日神(別名高木神)

神道の記述だと、神様が創生の時に顕れ、身を隠しているが、実は霊的な技を継続して行っているということですが、

例えば、造化三神の男性格主体である高御産巣日神と他の二神の関係性が不明確(それぞれは根本的には同じで属性を表わしているとか)ですので、その関係性を明確にしないといけないと思うのです。

密教の場合は、大日如来の知恵の顕現となっていますから、知恵の顕現はロゴスであり、ロゴスは大日如来の慈悲の心情から創造された被造物であるはずだと言う見解が妥当だと思うので、創造は明確ではないが創造だと思われる内容があります。

まず、位置付けの関連性から括りのようなものを考えていくと良いかもしれないですね。



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2007年12月29日

高御産巣日神(別名高木神)

S先生の論文(神道の統一原理的解明)にもありますように、
http://pocs.info/gairon_sugiyama.pdf

伊邪那岐命と伊邪那美命が、
人間始祖アダムとエバであることは間違いないと思います。

天照大神はその子なのですが、
天孫降臨にいたる葦原中国の平定において、

天照大神とともに、造化三神の男性格主体である高御産巣日神(別名高木神)が登場するのはとても興味深いことだと思います。

記述においてこの両者は一体化しているように書かれています。

そして、天照大神の息子と高御産巣日神の娘の間に生まれたのが天孫・天津日高日子番能邇邇芸命です。

古事記 上つ巻系図
http://www.asukanet.gr.jp/cha-san/keizu1.htm


この高御産巣日神と天照大神は、
日本書紀においては高御産巣日神が主体なのですが、
古事記では天照大神が主体になっているそうです。

アマテラス 葦原中国の平定
http://homepage1.nifty.com/o-mino/page982.html

古事記 葦原中国の平定 京都通百科事典
http://www.kyototsuu.jp/WorldWide/Kojiki6AshiharaNakanokuni.html

高御産巣日神とは「神社ていすと」
http://jinjataste.web.fc2.com/kami_page_3.htm


このあたりが問題なのかもしれません。



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