2010年07月08日

不可知論

> あと、最近、不可知論(無神論にも被りますが)に対してどう反論するかということを模索しましたが、私のレベルでは議論したとしても平行線の堂々巡りになってしまいそうで思考停止してます。


まだ、練られていないのですが、私の思いつくままに書きます。

不可知論の場合、大概、神の存在証明の方法を批判し我々の理性では知ることができないとする方法をとります。

カントは、純粋理性、すなわち感性、悟性でなされる経験的知識では、超越的存在は認識できないとして、不可知的立場を取りましたが、経験からは独立して意志を規定する普遍的な道徳法則をわれわれに与える存在が要請されるとして、道徳の実践を命令する神の存在を肯定しました。

統一思想によれば、人間が神に似せて創造され、その人間に似せて万物が創造されたという創造原理がわからなかったためにカントは純粋理性では不可知論的立場を取ったと書かれています。



ラベル:不可知論 カント
posted by pocs at 13:47| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月29日

Re:Re:創造原理を再度研究

様々ありがとうございます。

統一原理は元々陰陽の統一論ですが、世の中の人が『陰陽』『光と影』と聞くと、善悪二元論の方向に考えやすいでしょうから、そこらへんの定義付け共通認識が必要なんでしょうね。

でも一般的には(特に日本人においては)、『悪』という存在がわからないし、後天的に生じたということも理解できない。なので、思想、宗教の分野を避けて通ることが出来ないなあと。

あと、最近、不可知論(無神論にも被りますが)に対してどう反論するかということを模索しましたが、私のレベルでは議論したとしても平行線の堂々巡りになってしまいそうで思考停止してます。



ラベル:陰陽の統一論
posted by pocs at 08:42| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月24日

Re:創造原理を再度研究

Tさんの日記は情的に訴えたい内容が書かれていて良いですね。

結局、多くの批判は、神様中心の科学では変に事実を捻じ曲げられるのではないか?政治的な悪に科学が利用されるのではないか?という不安から来ると思います。

だから、神様が存在するか否かというものだけでなく情的に響く内容も必要だと感じます。



posted by pocs at 13:22| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月19日

Re:Re:Re:創造原理を再度研究

> 進化学でもどうしてそれが偶然にできたのかという部分になると答えられなくなってしまうようですので、あとは我々が説明していけばよいですね。


生き残ることに有利という理由があれば、ある程度の段階性と思われるものがあればそれで進化してきたと主張します。

また、生き残ればよいというだけで説明はできず、また共生という意味だけでも説明できず、時には性的なものでさえも性淘汰という理由でやはり生き残るという意味に集約しようとするのは、自然淘汰で説明できるのはそれだけだからです。

それはあまりにも創造目的から見たら限定的ですね。



posted by pocs at 17:28| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

Re:Re:創造原理を再度研究

> ただ、もともと目的論でない進化学で、このようなシステムを生物自体が作りだしたということはできず、偶然できたそのようなシステムが自然淘汰で残る内容を持ったとなると思うのです。

> しかし、進化学の説明を見ていると理論に説得性を持たせるために生物自体が目的論的に進化してきたというような説明で説得する方式が取られている気がします。


進化学でもどうしてそれが偶然にできたのかという部分になると答えられなくなってしまうようですので、あとは我々が説明していけばよいですね。

シリーズ進化学でそのように目的論的に説明しているところを抜粋して、そのあとを我々が述べていきましょう。

形而上学になりますので、進化学者の手を離れてしまうみたいです。
進化学者も、目的論的には説明したくはないのだけれども、どうしてもそうなってしまうようですね。



posted by pocs at 16:33| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月27日

Re:創造原理を再度研究

Tさんの、「二性性相の相対的関係」についての日記で述べられていた

「もし神様が万物を創造されたとするならば、なぜこのように創造されたのでしょうか?
相対的関係として調和する自然の美しさ、心から愛し合う夫婦の美しさはどれほど素晴らしいでしょう。
そこには愛の深さ・幅の広さ・永遠性をそこから感じ取ることが出来るのではないのでしょうか。」

これが究極的な答えですね。

「何故神様はこのように創造されたのか?
それは「愛」です。相対的関係を通して神様の愛の深さ・幅の広さ・永遠性がそこに表現されるでしょう。」(Tさんのコメント)


これこそが今まで人類が求め続けてきた答えだと思います。



posted by pocs at 10:51| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月18日

Re:創造原理を再度研究

進化学では原核生物のDNAの修復を目的とした組み換えが性の起源であるとします。
(シリーズ進化学3 化学進化・細胞進化 岩波書店p.108)
https://www.amazon.co.jp/dp/4000069233/


遺伝子プールでDNAの修復をしながら子孫を残していく。
そこに自然淘汰的にみて性が有利な内容も持っているというわけです。

ただ、もともと目的論でない進化学で、このようなシステムを生物自体が作りだしたということはできず、偶然できたそのようなシステムが自然淘汰で残る内容を持ったとなると思うのです。

しかし、進化学の説明を見ていると理論に説得性を持たせるために生物自体が目的論的に進化してきたというような説明で説得する方式が取られている気がします。

結局、なぜ?と追求していけば、それらは創造目的を達成する一要素の説明を進化論側もしているに過ぎず、それがどうして進化できるのかという説明はないと感じています。

このような内容を分別しながら、相対的関係は神様の創造目的と二性性相から来ることを明確にしていく必要があると思います。



posted by pocs at 09:07| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月08日

Re:創造原理を再度研究

Tさん、「二性性相の相対的関係」についての日記、ありがとうございます。

Tさんの内容のように、陽性と陰性と相対的関係と言うのは、一見逆のようで、それぞれが存在しなければ片方の存在の概念が成立しないほどの関係ですね。
相互補完関係という表現がされることがありますが、そのような意味でも重要です。

私は、形が逆であって合致するという以上にそれが個体を超えた共通の目的の上にペアで存在し、互いの要素を共有できる、生殖器であるなら相手のものが主人であるというようなシステムになっていることは注目すべき内容だと思います。

すなわち、それは個体を超えた創造目的を与えた絶対者から来ると考えなければ理解できない内容になっています。

個体進化の発想をすでに超えた内容があると思います。

性と言う問題は進化論でも環境対応性の強化と言う視点から扱われている問題ではありますが、統一思想はもっと本質的な内容を説いていると思います。

ここを明確にしていきたいですね。



posted by pocs at 18:27| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月30日

創造原理を再度研究 5

前回投稿の続き

Bは『ために生きること』です。

Aとも重なりますが、万物の存在様相が片方では存在できないし、為に生きあっているので、私達にとっては相手がいてくれるだけでも感謝なのです。その気持ちからはじめて、為に生きることが出来たらどれほど良いでしょうか。

どんな人であっても、独りでは幸福になることができないと思います。「うれしい」という言葉や「幸福だ」という言葉は、独りでは成立しない言葉です。必ず相対的関係を備えた所に成立します。例えば一生を声楽家として生きてきた人でも、もし無人島に捨てられ、独りで喉が張り裂けるほど歌を歌ったとしても、幸福でしょうか。 美しい歌声も聞いてくれる相手がいなければ、ただのむなしい叫び声になってしまうでしょう。

相手がいてくれる事はありがたいことです。その気持ちを相手に要求するのではなくまず自分から表してください。

もし神様が万物を創造されたとするならば、なぜこのように創造されたのでしょうか?

相対的関係として調和する自然の美しさ、心から愛し合う夫婦の美しさはどれほど素晴らしいでしょう。
そこには愛の深さ・幅の広さ・永遠性をそこから感じ取ることが出来るのではないのでしょうか。

もし堕落しなかったならば、万物の全て見るもの・聞くものすべてから神様を感じて生活できるようになっていました。また極と極の男女が愛し合う姿は素晴らしいものです。そこに喜びを見出したい神様であったのでしょう。



posted by pocs at 18:08| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月26日

創造原理を再度研究 4

前回投稿の続き

Aからは、『受け入れること、愛すること、許すこと』です。

話は変わりますが、嫌いな人を思い浮かべてみて下さい。
その人の事はあっという間に思い出されませんか?
すぐ思い浮かぶということは、切り離せないし、どれほど時間が経っても簡単に忘れることができないのです。

ではその愛せない人との出会いは選べたでしょうか?選べなかったでしょうか?

選べないのです。出会ってみたら、自分にとって受け入れ難い人だった訳です。ではどうしたらいいのでしょうか?愛すること、受け入れること、許すことになる訳です。

でも実際に許そうと思って許せますか?
簡単ではありません。愛せない人が多ければ多いほど、生きることが辛くなってしまいます。

では一体どうしたらいいのでしょうか。
何か行動で愛そうとする努力、相手を理解し受け入れようとする努力が必要でしょう。
場合によってはそれすらも拒否したくなる時もあるかもしれません。
このような時は特に神様への祈りが必要になるでしょう。目の前では葛藤が大きすぎて愛せなくても、神様への祈りの中でその人を愛してみるのです。



posted by pocs at 10:04| Comment(0) | 創造目的学会の使命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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