2008年09月03日

Re:利己的な遺伝子 有性生殖と自然淘汰説の堂々巡り

「利己的な遺伝子」
http://www.amazon.co.jp/dp/4314010037/

の、p.62-p.63には、有性生殖と自然淘汰説が堂々巡りになってしまう矛盾が指摘されています。

ドーキンス博士はとても正直な方で、時としてこのような疑問を包み隠さず述べる方なのです。

利己的な遺伝子説は、遺伝子が自分が残ることに有利に働けば残る、という説です。

〜〜の遺伝子は〜〜をするわけだが、
これがその〜〜の遺伝子が残ることに有利に働くならば、
〜〜の遺伝子は遺伝子プール内に広がっていくだろう、
という、ごく当たり前のことを述べているに過ぎないのです。


しかし、これを実現する前提条件が「性の存在」なので、
「性の存在」自体をこの論理で解明することは出来ない、
というわけです。

これははっきり言って、創造目的論の言わんとするところですね。
このことをドーキンス博士はおっしゃっているのです。


「有性生殖対無性生殖は、青い目対褐色の目とまったく同様に、単一の遺伝子の制御下にある特性と考えられよう。

有性生殖のための遺伝子は、他の遺伝子すべてを自分の利己的目的のために操作する。交叉の遺伝子もやはりそうする。
他の遺伝子の写しまちがいの率を操作する遺伝子(突然変異遺伝子とよばれる)まである。定義によれば、この写しまちがいは、写しまちがえられた遺伝子が不利になるようにする。しかし、もしこのことが、それを誘発した利己的な突然変異遺伝子を利することになれば、その突然変異遺伝子は遺伝子プールじゅうに分布を広げることができる。

同様に、交叉が交叉の遺伝子を利するならば、それによって交叉の存在は十分に説明できる。

無性生殖に対立するものとしての有性生殖が、有性生殖の遺伝子を有利にするのであれば、これによって有性生殖の存在は十分に説明できる。
その遺伝子が個体の残りの遺伝子すべてに役立つか否かということは、あまり関係がない。
遺伝子の利己性という観点からみれば、結局のところ性はそれほど奇怪なものではないのだ。

これでは議論が堂々めぐりになるおそれがある。
性の存在は、遺伝子を淘汰の単位と考える一連の論議の前提条件だからである。

この堂々めぐりを避ける方法はあると思うが、この本はこの問題を追求する場ではない。
性は存在する。
これは事実だ。

小さな遺伝単位、つまり遺伝子を、進化の基本的な独立した因子にもっとも近いものと考えることができるのは、性と交叉があるからである。」 
p.62-p.63


この堂々めぐりを避ける方法は、自然淘汰説にはなく、相対的授受相関対応説にあるわけです。

すなわち、性の存在は、進化を目的として、初めから存在する、ということです。



posted by pocs at 06:14| Comment(0) | 進化学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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