2008年08月17日

Re:利己的な遺伝子 自己複製子

> しかし、そのような擬人的な表現を差し引きながら読んでみると、
> 論理的な飛躍が何箇所かで見受けられるようにも思います。

といいますか、相対的授受相関対応関係が暗黙の了解になっている
といったほうがいいかもしれません。

例えば、p.21からp.22にかけて、原始スープのなかで自己複製子が生まれたときの様子が書かれています。

「大型有機分子は濃いスープの中を何ものにも妨げられることなく漂っていた。
あるとき偶然に、とびきりきわだった分子が生じた。
それを自己複製子とよぶことにしよう。それは必ずしももっとも大きな分子でも、もっとも複雑な分子でもなかったであろうが、自らの複製を作れるという驚くべき特性をそなえていた。

これはおよそおこりそうもない出来事のように思われる。たしかにそうであった。それはとうていおこりそうもないことだった。人間の生涯では、こうしたおこりそうもないことは、実際上不可能なこととして扱われる。
それが、フットボールの賭けで決して大当りをとれない理由である。

しかし、おこりそうなこととおこりそうもないことを判断する場合、われわれは数億年という歳月を扱うことになれていない。もし、数億年間毎週フットボールに賭けるならば、必ず何度も大当りをとることができよう。
実際のところ、自らの複製をつくる分子というのは、一見感じられるほど想像しがたいものではない。
しかもそれはたった一回生じさえすればよかったのだ。

鋳型としての自己複製子を考えてみることにしよう。それは、さまざまな種類の構成要素分子の複雑な鎖からなる、一つの大きな分子だとする。
この自己複製子をとりまくスープの中には、これら小さな構成要素がふんだんに漂っている。

今、各構成要素は自分と同じ種類のものに対して親和性があると考えてみよう。

そうすると、スープ内のある構成要素は、この自己複製子の一部で自分が親和性をもっている部分に出くわしたら、必ずそこにくっつこうとするであろう。
このようにしてくっついた構成要素は、必然的に自己複製子自体の順序にならって並ぶことになる。このときそれらは、最初自己複製子ができたときと同様に、次々と結合して安定な鎖をつくると考えてよい。

この過程は順を追って一段一段と続いていく。これは、結晶ができる方法でもある。

一方、二本の鎖が縦に裂けることもあろう。
すると、二つの自己複製子ができることになり、その各々がさらに複製をつくりつづけることになるのである。」


ここでの問題は、これが成り立つためには、
親和性による吸着と、裂けるという分割が、同時に必要だということです。

この2つが同時に成り立たないと自己複製は出来ません。
すなわちここに相対的授受相関対応関係が成り立っています。

鋳型としての自己複製子は親和性しか持っていないので、
吸着する一方です。
吸着すれば分子的に安定するので、このままずっと吸着した状態で何億年も存在することでしょう。

せっかくのさまざまな種類の構成要素分子の複雑な鎖からなる、一つの大きな分子も、一度の吸着で安定化してしまい、それまでの数億年は無に帰してしまうでしょう。

ですから、ここの記述には論理的飛躍があり、
科学的に見た場合、自己複製子の存在は不可能だと思います。

これが自己複製子の特性を持つためには、自己複製子とは別に、
分子分割子が必要です。

分子分割子が存在し、数億年に一度奇跡的に出来た自己複製子に作用して分割するという、
自己複製子と分子分割子の相対的授受相関対応関係がなければ自己複製現象の出現は不可能です。





posted by pocs at 06:22| Comment(0) | 進化学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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