2008年06月10日

Re:全天使の長であったルシファーの語源である「明けの明星」すなわち金星3

「人間と天使の本質的相違」の続きを紹介します。
(野村健二先生の「浅見教授の批判に答える」より)


「この子女繁殖の祝福と不可分の関係にある万物主管の祝福と関連して
神を中心として完成した人間が、万物世界を対象に立てて合性一体化することによって、四位基台を造り、神の心情を中心として一体となった人間の意のままに、人間と万物世界とが、愛と美を完全に授受して、善の目的をなしとげることを万物に対する人間の直接主管というのである。(『講論』八一頁)

ここには明示されていないが、ここで「神を中心として完成した人間」とは、
この文章が上記の「家庭的な四位基台」「神の直接主管」の直後に書かれていることからして、
個人個人でばらばらにいる人間のことではなく、神を中心として家庭を築いた人間を指すものであることは明瞭である。

アダムは「被造物のすべての存在が備えている主体的なものを総合した実体相」、エバは「被造物のすべての存在が備えている対象的なものを総合した実体相」なので、
アダムとエバがそれぞれ、「すべての主体の主管主」「すべての対象の主管主」として完成され、彼等が夫婦となって一体となったならば、それがまさしく、主体と対象とに構成されている被造世界の全体を主管する中心体となる」というのである(『講論』六一頁)。


このように、神は、神を中心とするアダムとエバによって形成される家族
(ここに、分裂の生ずることはありえず、その子孫は何十億という全地球的な規模のものとなっても完全な一体性を保ち、全人類は一家族となっているはずである)
を直接主管され、このように神によって直接主管される人間の家族が万物を主管するというのである。

しかし天使は、
性はあっても(創世記六・2、4参照)、
霊であり、結婚が許されておらず(マタイ二二・30)、
したがって人間の場合のようにその子孫が星の数のように生み殖える(創世配一五・5)ということはなく、
その家族的連帯のもとに万物世界を主管するということも許されていないのである。」



posted by pocs at 06:35| Comment(0) | 道徳と家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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