2008年05月26日

性の問題

この件に対してとりあえず私の今やりたいと思っていることをあげます。

> 性の問題は、神様が性を与えられた目的は何かという
> 神様の創造目的を考えなければ解答が得られないと思うのですが、
> いかがでしょうか。


@その通りと思います。
まず、創造原理的に見ても、神様を中心とした兄弟姉妹という観点があって男女の聖別というものがありますし、
兄弟姉妹を超えるには何が必要かというと真の父母による祝福が必要であるとなります。

また、自己中心愛でなく真の愛で夫婦が愛し合うためにも、祝福を受けて愛を育むという観点が必要であるということになります。

これがないので、性にまつわる自己中心性を超えられないのだと思います。


> 神様の創造目的に基づかずに性を論じたとしたら、
> おそらく、当事者の利害がどうかという議論に終始すると思いますが、
> これはほんとうに問題を解決することになるのでしょうか?

Aただ、このアプローチも、結婚する前の純潔は相手に対する最高のプレゼントという観点や、
本当に愛して結婚した後、その前の関係というのは純粋な愛の妨げになるという本心の利害というものがあります。

これがアメリカでの人格教育の観点にかなり適用されているようです。
(文先生の御言葉にもありますね)

この人格教育をより原理的に成長期間と愛の責任分担という観点で整理すると、これらの研究はより本質的な結論を生み出し、

@のほうにつながっていくと思います。
また、原理の個性完成と愛の関係がわかりやすくなりそうな気がします。

このような私のひらめきが上手く行くかはわかりませんが、
「創造原理」、「人格教育」、「天和堂」を参考に、
人が個人から夫婦になるまでに備えるべき信仰と人格、夫婦としての望ましいあり方というものをできるだけ具体化できればと思うのですが、どうでしょうか?



posted by pocs at 06:37| Comment(0) | 時空を超越した世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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