2008年05月08日

恵果と両部一具(3)

2008年05月06日の続き

金胎両部を同等にみて、対にして捉える両部一具の考えかたは恵果に始まり、その弟子に受け継がれて、のちに真言密教の独自の思想体系にまで育てられることになる。

両部の特質の明確な把握とその一元化は、両部を均等に同一体系の中で相承していては出てこない発想といえる。
その意味においても、それは両部を別個に受けた恵果和尚にしてはじめて可能であったといえるかもしれない。

恵果は「四儀つつしまざれども成り、三業まもらずとも善し」(「碑文」)といわれるように、和尚は日常生活そのままが仏道の実践となるような、わが身を持するに厳格で、しかも他人に対しては寛容、温和、金銭にまったく執着をもたず、ひたすら密教の修法に専心した阿闍梨であった。

また、その人格を慕いアジア各地から集まり来て、その門を叩いた弟子たちはことごとく「虚しく往きて、実ちて帰る」(「碑文」)という充実感を味わったものである。

このように国際的な弟子を数多く育てあげ、また両部一具という密教史における画期的な重要性をもつ思想を体験化し、行法化した最初の阿闍梨、そのように密教史において重要な役割を果たした人物が恵果和尚であると言える。



ラベル:両部一具 恵果
posted by pocs at 06:55| Comment(0) | 時空を超越した世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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