2008年05月06日

恵果と両部一具(2)

2008年05月03日の続き

恵果和尚の密教思想の特質は、両部を一具と把握したところにある。

「大日経」系の密教つまり大悲胎蔵法と「金剛頂経」系の密教である金剛界法は、もともと起源からいっても発展過程からみても別個の流れであった。
密教が中国に伝えられても、主として金剛界の法を伝えた金剛智の法流と、胎蔵系を専門にした善無畏の法流とがあった。

「大徳行状」によれば、恵果和尚は、胎蔵法と蘇悉地法を善無畏系の玄超より受け、金剛界を不空より授けられている。

しかし、蘇悉地法を加えた三部だては八三〇年前後の中国密教の特色の影響で後から加えられたものと考えられる。
したがって三部の法を受けたという記述は「大徳行状」の書かれた時代の傾向をうつし出したもので、真の恵果の相承とは考えられない。

また、不空三蔵は金剛界系の密教の権威者ではあったが、どうみても胎蔵系の密教のそれではなかった。
恵果の相承した胎蔵系の密教は不空とは別系統の善無畏系の玄超の法流の影響を別途受けたと考えるべきである。

不空でなく恵果から両部を尊重した両部一具の思想が出発したことは、不空が金剛の頂瑜伽の法門の絶対唯一性を強調したのに対して、恵果が両部の尊重へ言い換えていることで、より明確にうかがい知ることが出来る。

不空三蔵自身は、「目録流行表」(「表制集」三)の中で
「その訳するところの金剛頂瑜伽の法門は是れ成仏速疾の路なり。(中略)余部の真言は諸仏の方便なり。その徒、一にあらず」と、
みずからの翻訳した金剛頂瑜伽の法門の絶対唯一性を主張し、それが成仏速疾の路であり、その他は方便説であると断言している。

ところが同じ文を引用した恵果和尚の伝記では
「金剛界、大悲胎蔵の両部大教は諸仏の秘蔵、即身成仏の路なり」(呉殷「恵果阿闍梨行状」)と、
金剛界のみならず胎蔵法を合した両部を即身成仏にいたる法として取り上げていることに注意しなければならない。

不空三蔵の金剛界系を重視する思想が、恵果和尚では両部の尊重に変えられているのである。

また恵果和尚みずから「恩賜錦綵謝表」(「表制集」五)の中で、
「聚沙の歳、則ち先師に事え、二十余年巾錫を執持す。
踰伽秘密の宗、普賢深妙の要、特に教諭を蒙る」
と述べている。
同一個所を弘法大師が「行法伝」に引用する際には、
「踰伽秘密の宗、大悲胎蔵の要、特に教諭を蒙る」
と原文を改変している。

つまり、恵果和尚みずからは不空三蔵から瑜伽秘密つまり金剛界系を継承したと述べた個所を、「行法伝」では金・胎両部を相承したと書き改めているのである。





posted by pocs at 07:20| Comment(0) | 時空を超越した世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。