2008年03月16日

両部不二に見られる陽陰の一体性

胎蔵が体というのは間違えだと思いましたが、あながちそうでもないと、ふと祈ってみると感じました。

胎蔵は、大日如来の心情あるいは慈悲という観点から見ると確かに原因でより内的なのですが、悟りという観点でみると環境圏というか、地上世界を意味しているような側面もあると感じました。

母なる大地をさらに広げたイメージですね。
そういう意味では胎中のような神様(大日如来)の体の中のような感じがします。

それに対して、金剛は積極的に人間のほうが悟るという男性的な面があり、そういう意味において心という意味合いもあります。

ただし、大日如来を中心とした見方をしないと本来の胎蔵の大切さが見えなくなってしまいます。

また、胎蔵=女性原理、金剛=男性原理でなく、実は、胎蔵は大日如来という主体(男性格)があっての女性原理であり、この女性原理があっての金剛は男性原理である、という理解が必要と思われます。



posted by pocs at 06:27| Comment(0) | 時空を超越した世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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