2008年02月02日

儒教における絶対者なる神様(天)

孔子様の儒教においては、どのように、絶対者なる神様のことを言っているでしょうか。

論語を読んで、絶対者(天)に触れているところをピックアップしてみました。

以下、「ワイド版岩波文庫169 論語 [孔子/著] 金谷治/訳注」より引用
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1101729444/subno/1


引用

孔子の曰わく、君子に三畏あり。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言を畏る。小人は天命を知らずして畏れず、大人に狎(な)れ、聖人の言を侮る。

孔子がいわれた、「君子には三つの畏れ(はばかり)がある。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人のことばを畏れる。小人は天命を知らないで畏れず(わがままにふるまい)、大人になれなれしくし、聖人のことばをばかにする。」

*天命ー古注には「順吉や逆凶が天の命。」とあり、運命的な窮極的理法のこと。ただし、新注では「天命とは、天が人や物に与えた正理。」
*大人ー有徳の先輩。また高位の人。

(p333)


王孫賈問うて曰わく、其の奥に媚びんよりは、寧ろ竈に媚びよとは、何の謂いぞや。
子の曰わく、然らず。罪を天に獲れば、祷る所なきなり。

王孫賈(おうそんか)が「『部屋の神のきげんどりより、かまどの神のきげんをとれ。』 と〔いう諺〕は、どういうことです。」とたずねた。
〔衛の主君よりも、権臣である自分のきげんをとれ、というなぞである。〕
先生はいわれた、「〔その諺は〕まちがっています。
〔かまどの神や部屋の神よりも、最高の〕天に対して罪をおかしたなら、どこにも祈りようはないものです。」

(p59)

引用終わり



posted by pocs at 06:53| Comment(0) | 神様と天使と人間の関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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