2008年01月29日

日本語の「神」とは?

日本語の「神」というのは様々に用いられ、創造神、絶対神を必ずしも意味するものではないことは使われ方でもわかります。

人間も死ねば神と呼ばれ、自然も神と呼ばれる。
では、日本語の「神」にはどういう意味があるのだろうか?

「神道のすべて」によると
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31391867

大本教の語霊学から、火と水でカミという意味があるという捕らえ方もあるが、「霊妙不可思議の対象をカミ」とよぶという説がより適切であると有力視されています。

参考にこの内容も下記に引用します。

引用・・・・・・・・・・・・・・・

カミの語源と神の概念−
霊妙不可思議の対象をカミと呼ぶ

人智では理解できないものと働きを「カミ」という神道における「神」とは何か? 日本語のなかでもその最奥に潜む言霊では、火(カ)と水(ミ)で神(カミ)になる。

大本(教)や、その影響を受けた神道系の新宗教では、神の語源をこのように考えるところが多い。

しかし、日本の神の概念としては間違ってはいないが、言語学的に適切とはいえない。

江戸中期の国学者の本居宣長(一七三〇〜一八O一)は『古事記伝』(巻之三)の中で、

「尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物」を「迦徴」というと指摘している。
これは神の定義としては、じつに明解で、すぐれたものである。

さらに、宣長はその自註のなかで「龍樹霊狐などのたぐひも、すぐれてあやしき物」だからカミになると語っている。

すなわち、宣長は一種のアニミズム的視点から、人智では理解できないものや、そうした働きを〈カミ〉と名づけたわけだ。

その意味では、森羅万象の要素の一つである「火」や「水」も、それ自体が充分に〈カミ〉としての契機を備えているといえよう。

当然、霊妙不可思議の畏怖の対象は、カミと呼ばれるのは当然なのである。

こうしたカミには、宣長いうところのタツ・コダマ(キダマ)などのほか、ミヅチ(水雲)、ヲロチ(大蛇=出霊)、イカヅチ(雷)、ククノチ(木霊)、ヌヅチ(マムシ=野霊)、ハヤチ(疾風)…等々の動物や自然現象が含まれていた。まさに、アニミズムの世界におけるイノチ(生命)の曼荼羅なのである。

そして、その作用(はたらき)や顕現のありようによって、カミのほかクマ(魂・霊・玉・珠)、モノ(物)、ヌシ(主)、ヒ(霊・日・火)、チ(霊・血・地・・・・)、コト(言・事)などとも呼ばれた。

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ラベル:神道
posted by pocs at 06:47| Comment(0) | 神様と天使と人間の関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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