2007年11月16日

天地創造の第二日→人間の「新生」の第二段階との解釈

それでは、2日目のスウェーデンボルグの解釈を説明します。
内容は「仏教霊界通信」のほうを参考にしました。なお、なぜそういう霊的な解釈ができるかという解説は詳しい説明はなかったので私が原理的視点からこうであろうと感じた内容を書きました。

「仏教霊界通信 賢治とスウェーデンボルグの夢」
http://shumpu.com/archives/501


「神、穹蒼を作りて、穹蒼の下の水と穹蒼の上の水とを判ちたまへり。」

つまり、神は天地創造の二日目に「大空」を作り、その下と上とに「水」を分けた、という。
大空は上下の水を包み込むもの、ここで水を「真理」、「知識」と捕らえるので、大空はそれらを統合する意識の広がり、おそらくそういったところから「合理性」であると、スウェーデンボルグは理解しています。

水は、様々なものの溶質となり、1つにしたり、浸透したり、気体、液体、固体の三体に変化する性質をもちますが、ここでは、スウェーデンボルグは、この「水」という語の霊的な内意として「知識」や「真理」と理解します。


ただ、私は、水にそのような内意が必ずあるというわけでなく、人間の新生いう観点で神の創造物である水の性質を見るとそのような意味に取れる内容がある、と理解することも可能だということであると思います。

したがってそのような観点で見れば、「下の水」とは「人間がこの世でのさまざまな学習によって得ることのできる外的な知識」、またはそれが得られた後で「人間の記憶の中にしまい込まれている知識=記憶知」、

そして一方の「上の水」とは「神(天)に由来する真理」を意味すると理解することも可能になります。

すなわちこの第二の段階で、人間はこの世で生きて行くためにその頭の中に仕舞い込んだ「この世の知識」以外に、「神に由来する、神に関わる、もっと素晴らしい真理」があることに気づき始めると理解することも可能です。

原理的に見れば、霊人体が順調に成長するならば、だんだん神様のことがわかりはじめ霊的な知識が芽生えてくる、と見ることも可能であると見ることができます。

私は、これらの対応は神様の心情から展開された相応関係があるという原理の観点によってよりはっきり理解が可能となると感じます。

また、これをスウェーデンボルグは霊界にある天的な人々が信じている絶対的な教義のように言いますが、私には霊的観点で新生という内容を神様の創造から学んだひとつの応用例と言えると思います。

また、外的な創造と考えるときには、一からの創造とすでに造られたものの役割が果たせるような状態が達成されるという配置の完成(デザイン)というのも創造であるという理解が必要だと思います。

スウェーデンボルグが外的な創造に対してそのような観点を持てなかったのは非常に残念に感じます。





posted by pocs at 06:59| Comment(0) | 時空を超越した世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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