2007年10月04日

Re:Re:愛と自己認識 相補性と相似性

> > 神がSee Myselfなる対象、いなむしろ対者を求め、それを自らの内から与えるとき、神はそれと絶対してI See Myselfなる自覚式を充足せしめ、自覚すなわち真実に達するのである

> ここで、創造とは何かということが問題となる。
> 神様は単に自己の一部を相対化したのでなく、自己の要素の一部を抽出して与え授受することによって別存在を相対的世界に創造したと考えられます。
> この点からあくまでも被造物なのです。


統一思想要綱では自己の性相と形状を相対的に感じるという内容を相似性と表現しています。

喜びは深いところにこの相似性がなければ生じ得ないと書いてあります。

芸術論P.420の相補性では

「神の二性性相に分立された男女の一体化による喜び
・・潜在意識(性相)の中に不足した部分を補おうとする内容があるのでその実体を通じて喜びを感じる。
神の個別相を受けついだ個性真理体であるので、個別相を分け合い、互いに授受することを通じて感じる喜びがある。」

そして、これは本来神において1つであったものが個別相において互いに授受して合一しより完全なものとなるからであるとしています。


このように、根本的な相似性は神様から来ており、人間や万物の性相のなかにはもともと神の二性性相の調和性が宿っているので、そのような根底にある相似性によって喜びを得ることができるのであり、共通目的や相似性のような共通性のない単純な差異では、美は喜びは生じないし、そもそも相対的関係が成り立たず授受作用ができないであろう。

このようなことからも、神が愛と喜びの根幹に存在するということができるでしょう。



ラベル:愛と自己認識
posted by pocs at 06:49| Comment(0) | 神様と天使と人間の関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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