2007年09月25日

Re:Re:Re:如来 = 救世主?

> 私が原語の意味合いから思ったのは、来るべき真理の実体、理想像をもともとは如来としたのではないか?と思ったのです。
>
> しかし、それがだんだんと神そのものを指すようになったのではとも思えたのですが、


なるほど、真如に対して如来ということで、
そう思われたのかもしれませんね。

しかし、どうなのでしょう。
お釈迦様がおっしゃった如来は、法の根源にあたるもので、
実体すなわち被造世界(法界)の主体にあたります。

如来は時空を超越した根源者の側にあると思います。


> もう1つの解釈としては、神の真理をそのまま証する霊的な使者、すなわち神の代理をしていた天使の中の天使長クラス(ガブリエルやミカエル)などをして如来と言った可能性は感じられます。
>
> この天使長は堕落人間が到達できる最高位と同格であり、しかも、神様の創造の技を見てきた存在なので、
> 文鮮明先生の御言葉にあるように、堕落人間にとっては神的存在だからです。


こちらのほうが可能性としては高いのではないでしょうか。


> 私はメシアを弥勒菩薩として例えたのは本来的には不充分な表現ではないかと感じています。


弥勒菩薩には救い主という意味合いが十分にありますが、
不十分とおっしゃっている意味は、完成実体を意味しているか
どうかという点ではなかろうか、と思います。

そういう意味では、大日経に出てくる金剛サッタは、
完成人間を意味しており、かつ、大日如来の相対として立つ人間を
意味しております。



posted by pocs at 06:36| Comment(0) | 神様と天使と人間の関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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