2007年09月03日

Re:原理的十住心論

原文の意味から読み取れる原理との共通性を中心に解釈しましたが、統一思想、統一原理の内容をさらに盛り込めばいろいろな世界が見えてきそうな内容です。こういった優れた思想は御言葉をこういった側面で体系化することも可能なのだなというヒントになるような気はしました。

空海の著作を比較的手軽に読めるものだと空海コレクション1・2というのがあるようですね。
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1102113252/subno/1
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1102116480/subno/1

また、Mさんは十住心論で他宗派を批判する気はないと思うと言われていましたが、
空海の立場を見ると、空海は恵果から伝えられた密教を素晴らしいと確信していたのは確かだと思うのですが、本来よりも早く日本に帰ってきたがゆえに、密教の素晴らしさを他と比較して訴える必要性があったというのは事実であると思います。
そういった側面ばかりを強調している仏教学者も少なくないようですね。

一般に第二住心は儒教であるとされていますが、
儒教は天を中心とした倫理観であり、その背後にはより高い住心があって成り立っている礼儀だと思います。この点を誤解して解釈している仏教学者がいます。

第三住心をキリスト教だと解しているところもありましたが、
これも、信仰を始める理由はこのレベルであることもあると思いますが、信仰が高まるにつれより高い住心になっていきます。
堕落性を主管し、己の業を十字架のキリストの痛みを感じつつはりつけにして乗り越えていくレベルは第五住心に匹敵するし、すべて神様の愛よって主管されていると信じ心を乱さない姿は第七住心に匹敵します。

人間の成長と言う観点からは確かに十住心論は当てはめやすいのですが、神様の愛と許しにより世界観が開かれていくキリスト教や他宗教を仏教的価値観でどの段階かにあてはめるのは無理があります。変に一箇所に仏教学者があてはめてしまうからおかしくなってしまうのかなと思ったりします。入信の動機とそこで極める悟りとを同じにしてしまっている仏教学者の問題を感じます。

たとえば空という哲学がキリスト教になくとも無から神様が創造したのだという価値観はこの世的な価値観を否定して新しい価値を体験させる仏教の空に当たる世界だと思います。

理論は確かに世界観に対する知的理解を早めますが、神様の創造目的は愛なので真の愛を感じとった人はこの悟りの段階を一挙に飛び越えてしまうのでその宗教が理論化されているかどうかというのは問題でなく、いかに深く親なる神様を実感し、その創造目的に生きることができるかが本当は大事であると思います。

理論化されると見えない精神世界がどういったところを通過しているを感じたり反省したりできるという点でとても参考になりますが、形式的判断が生じてしまうというデメリットもあるのだなと感じました。



posted by pocs at 06:31| Comment(0) | 神様と天使と人間の関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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