2007年08月08日

如来=親=神

なぜ、仏基論争があったのかというこだわりの部分はわかりましたが、やはりそれをほぐすのは共通点を見つけることです。

天使については、キリスト教やイスラム教は、人間が修行して精神世界を高めながら哲学的な考察をして人間が悟りを開くというタイプの仏教(密教)よりも天使がそのまま啓示をしていると言うタイプのものなので、天使の存在がそのまま信じられやすいしストレートに書いてあるのは当然なことですが、

そういった縦的な信仰の世界と横的な動機をして信仰されることが多い仏教をつなげるにはきっかけが必要ですね。

下記のページの如来を親として説明する内容は、神様にも通じる内容と思います。
http://www.yamadera.info/owarai/6-1.pdf

如来様のお慈悲が、余りに深すぎるのと、用意が余りに周到なのとで、却ってその存在をすら、疑ふものがあります。

親は子に離れない、子は親に離れないのですから、子のある所には必ず親があり、子のあるのが、即ち親のある証明であります。子は一人で居ても、一人で置かぬのが、親の慈悲であることを忘れてはなりませぬ。


また、この内容も神様に通じるものいくつかありますね。
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E9%A1%95%E6%B5%84%E5%9C%9F%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E6%96%87%E9%A1%9E#.E8.A1.8C.E6.96.87.E9.A1.9E.E4.BA.8C
『顕浄土真実教行証文類』 行文類二 一乗海釈 一乗嘆徳

▼意訳(現代語版)
 つつしんで、往生を願うすべての人々に申しあげる。一乗海は、さまたげるものもなく果てしなく、もっともすぐれて奥深く、説き尽すことも、たたえ尽すことも、思いはかることもできない徳を成就されている。なぜかといえば、誓願が不可思議だからである。

 本願は、たとえば大空のようである、そのさまざまな尊い功徳は果てしなく広大であるから。

 また大きな車のようである、あらゆる凡夫や聖者を乗せてさとりに至らせるから。

 また美しい蓮の花のようである、世間の何ものにも汚されないから。

 また薬の中の王である善見のようである、すべての煩悩の病を退治するから。

 また鋭い剣のようである、あらゆるおごり高ぶりの鎧を断ち切るから。

 また帝釈天の軍旗のようである、すべての悪魔の軍勢を降伏させるからである。

 また鋭い鋸[のこぎり]のようである、あらゆる苦しみの枝を切るから。

 また善知識のようである、すべての迷いの束縛を解くから。

 また導師のようである、凡夫に迷いを出る道を巧みに知らせるから。

 また湧き出る泉のようである、智慧の水を出し続けて尽きることがないから。

 また蓮の花のようである、すべての罪の垢に染まらないから。

 また疾風のようである、あらゆるさわりの霧を吹き払うから。
 
 また良質な蜜のようである、すべての功徳の味わいが欠けることなくそなわっているから。

 また正しい道のようである、あらゆる人々をさとりの都に入らせるから。

 また磁石のようである、煩悩にまみれた衆生を引き寄せるから。

 また閻浮檀金のようである、その輝きはすべての世間の善の光を奪うから。

 また蔵のようである、すべての仏がたの法をおさめているから。

 また大地のようである、過去・現在・未来のすべての世界の如来はみなこれより生じるから。

 また太陽の光のようである、すべての凡夫の愚痴の闇を破って信心をおこさせるから。

 また王のようである、すべての仏がたに超えすぐれているから。

 またきびしい父のようである、すべての凡夫や聖者を教え導くから。

 また哀れみ深い母のようである、すべての凡夫や聖者が浄土に生れるまことの因を育むから。

 また乳母のようである、善人も悪人も往生を願う人をみな護り育てるから。

 また大地のようである、すべての人の往生をささえているから。

 また洪水のようである、すべての煩悩の垢を洗い落すから。

 また大火のようである、あらゆる邪見の薪を焼き尽すから。

 また激しい風のようである、広く世間に行きわたりさまたげられることがないから。

 この本願は、迷いの城につなぎとめられている衆生を救い出し、すべての迷いの門を閉じる。真実報土に往生させ、よこしまな道と正しい道の区別を明らかにする。愚痴の海を干あがらせ、本願の海に入らせる。浄土に往生したなら、さとりの船に乗じて迷いの海に浮び、福智蔵(第十八願)と呼ばれる真実の法を説き、あるいは方便蔵(第十九願・第二十願)と呼ばれる方便の法を説いて衆生を導くはたらきをさせてくださる。まことにこの本願名号の法を信じたてまつるべきであり、つつしんでいただくべきである。



posted by pocs at 06:58| Comment(0) | 時空を超越した世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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