2007年07月25日

Re:Re:絶対者

「仏教側から因縁論に基づき『永遠絶対なる神が、神となった根本因を示せ』
と質問し、
キリスト教側が
『天地を創造した第一原因を神というのであり、その質問はあたらない』
と応答したというのですが、

これと同じような答えを、お釈迦様もなさっているお話が、雑阿含にあります。


釈尊の弟子の舎利弗が説いている中で、釈尊(世尊)が説かれた内容です。

「『如来には後の生死有りや。』
舎利弗答えていわく、
『世尊説かせたまいていわく、「これは無記なり」』」

「この如き因、この如き縁の故に世尊は、
『「如来は若しくは有りや、若しくは無きや、 若しくは有りとも無しともし、若しくは有るにもあらず後の生死無きにもあらざるや」
と問う者有るも記説すべからず。』」

雑阿含外道経


如来は、解脱して、有るとか無いとかの議論を超えたところにいらっしゃいます。

従って、仏教側の質問の「永遠絶対なる神」を「如来」に置き換えてみれば、
仏教側の質問は議論の必要のないことだったと思います。



ラベル:絶対者 仏基論争
posted by pocs at 08:26| Comment(0) | 時空を超越した世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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