2007年06月26日

Re:Re:創造目的を中心とした種分類が必要?

生物学的に見る種は外観の違いでかなり細かく分けられていますから、本質的にはこういったものは同種なのかも知れませんね。ただ、環境の違いに対応して分岐できる生物の発展性の範囲なのかも知れません。
もう少し、この本の内容も全般的に調べていきたいと思います。

他の資料でも調べてみます。

ちなみに、久保有政牧師は「創造論の世界」で
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1101572805/subno/1

生殖細胞中に同じ数、同じ型の染色体を持っているものが「本質的種」であり、外観の違いに関係がなく交配し、繁殖力が可能なものとしています。
これらは不変的で、「本質的種」の範囲内で変異が可能だが、この「本質的種」を超えて変異することはないとしています。
例をあげれば狼と犬は「本質的種」としては同じであると見ます。この考え方は、遺伝子プールの考え方とも近く、統一思想の愛の門の考えとも近いと思います。

ただ、渡り鳥などで、同じ種でありながらも交配して繁殖することが環境によってできなくなるケースがあるようで、これをもって新しい種ができたとする進化論者がいます。
ただ、むしろ、これは環境対応によって交配が制限されただけでこれを新しい種と呼ぶには無理があります。外観もこの場合はほとんど変わりません。一時的に環境対応によって制限されるものの、また環境が近くなっていけば徐々に交配が可能な子孫を生むように変異すると考えられますが、こういう環境対応のところでどのように考えるかと言う問題はあります。

このように考えると、愛の門と創造目的性を組み合わせて考えないと、片方だけでは「本質的種」がなんであるかがわからなくなると思います。





ラベル:種分類
posted by pocs at 06:51| Comment(0) | 共生理論と創造目的の世界観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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