2007年02月28日

次元のコンパクト化に対する疑問

超ひも理論の次元のコンパクト化に対する説明は、どう考えてみても唯物論的不自然さをかもし出している。

そもそも、次元が見えない理由にコンパクト化を用いる必要など無い。
二次元のものには三次元の高さの世界が見えないように、高次元のものは三次元世界そのものからは干渉できないし見えなくても当然ではないか?
コンパクト化や巻かれて見えなくする必要がどこにあるのだろう?

しかも高次元がひもと同じ大きさになっているではないか。

これは、高次元からの干渉がひもを通じて現れることを意味するとも思われるから、統一原理の性相にあたると考えた方が正しいと思われます。
そして、神の性相に似た個性真理体が段階的に現れることを言っていると考えた方が良いのではないか?

こう考えると力の統一は多次元化でなせたとしても、
やはり唯一の解しかない(この世界は必然であるというような)最終理論は、神様を受け入れなければ物理学ではありえないように思えます。



ラベル:ひも理論
posted by pocs at 06:28| Comment(0) | M理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。